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それぞれの想い

img20060612.jpgやっと、実家に行って来た。
こんなにも、月命日とずれてしまったのは初めて。
夕べもお母さんの夢を見たので、今日こそは行かなければ・・・
っと思って、お花屋さんへ急いだ。

母が無くなってから、実家に行く時は必ず寄るお花屋さんなので、
最近ではお店の人とも随分と仲良くなってきた。

そうそう。。

夕べの夢ね。

お兄ちゃんと、お母さんと3人でカラオケに行った夢。
どういうわけか、風子は先に家に帰ってきてしまったのだけれど、
気がついたら、お兄ちゃんも帰って来てた。
『お母さんは?』ってお兄ちゃんに訊いたら、
『お母さんは、まだ歌いたいって一人で歌ってる。』との返事。

しばらくしたら、お母さんから電話がかかってきて、
『風子ちゃん、お母さん帰りたいんだけど、1人じゃ帰れない。』とのこと。

ほんでもって、風子が車で迎えに行くんだけど、
2人して道がわからなくなって車で迷子・・・っというオチの夢でした。

お母さんが生きてるときも、2人で車で出かけると、よく道に迷ったんだよね。
嫌なことを思い出させてくれるよ。┐( ´ー`)┌ っふ。。

最近の風子の夢では、お母さんは大抵元気♪
だから、楽しい夢が多い。

目が覚めて、もう一回・・・って思ってすぐに寝るけど、続きを見れたことは無い。
お姉ちゃんは、逆に未だ楽しい夢が見れずにいる。
夢の中でもお姉ちゃんにはお母さんが死んでしまっていることがわかっていて、
でも、お母さんはそれを知らずにいて、
お姉ちゃんがいつもお母さんに
『お母さんは死んだんだよ。』って教えてあげるんだって。
嫌な夢ばっかり・・・っとお姉ちゃんは言っていました。

多分、お姉ちゃんの中では、生前のお母さんにしてあげられないことが沢山あって、逆に身体が辛い中、頑張らせすぎたのは自分の責任みたいに思ってしまっているところがあって、こればかりは、周りがなんと言おうと、お姉ちゃんの想いなので解消してあげることは出来なくて。

逆に風子は、お母さんとあんなことした。こんなことした。っという、楽しい思い出が最近になりとても多く思い出され、恐らくそういうそれぞれの想いが夢に反映されているのではないかと思われます。

お姉ちゃんも早くお母さんとの楽しい夢を見れるようになると良いのだけれど。。。 -----

なんだか忙しいぢょ。。

img20060607.jpg

なんだか、上手いこと時間を使うことが出来ていない最近の風子です。
庭には『墨田の花火』という紫陽花が咲き始め、
いよいよ梅雨入りの雰囲気が感じられます。

今日はお母さんの月命日。

でも、実家に行く時間がとれませんでした。
6月に入ってから、まじめにお仕事しています。

先日、久しぶりにお母さんの夢を見ました。
元気な頃のお母さんです。

なんてことは無い、日常の風景でした。
お母さんと風子が背中合わせに座っていて、
風子がお母さんに、
『なんか、だるいからお互い寄りかかって座らない?』
っと提案をし、背中を合わせてお互い寄りかかって座っているうちに、
ちょっとしたいたずら心が芽生え、風子が体重をどんどんお母さんの
背中にかけて言って(所謂、のけぞっていって)
お母さんは、前屈柔軟体操状態で、
『風子ちゃん、何するの??痛い痛いイタタタタ・・』っと半べそ状態・・

風子は可笑しくって、ゲラゲラ笑いながら、『大丈夫〜〜〜?』
などと、心配している振りをして、反省などしてないのに、
『ゴメンネ〜〜〜・・』などと謝っておりました。

ふと気付いたら、お母さんは頭の毛がチリチリで、
・・・・
チリチリと言っても焦げているわけではなく、昔お母さんはとても
カーリーヘアが好きで、なんだかすごく懐かしい次第でありました。

そうそう。。。昔、お母さんはチリチリ頭だった・・(*≧m≦*)プププ

早く会いに行かなくちゃ。。お母さんが呼んでいるのかも・・・

って、実家に花を手向けに行くんだよ?勘違いしないでね♪
-----

月命日

img20060508.jpg月命日のため、ちゃむも一緒に実家へ。
いつも立ち寄る実家近くのお花屋さん、今回はいい花が置いていなくて、
なんだか、イマイチな供花になっちゃって、ちょっと悔しい。

紅花を買ったことが無かったので、購入。

最近、夢の中にちっとも登場しなくなったお母さん。
どうしてかな・・・

風子のお母さんに対する想いが薄れてきてしまったのかもしれない。

たまに、お兄ちゃんと話したりすると、
やっぱり実家に居るお兄ちゃんは、お母さんが寝ていたベットを使用していて、
そいでもって、お母さんがそうしていたように、枕元にお母さんがとても大事にしていた、美鈴という名のお人形を今も枕元に置いている。
ちょっと想像すると、30過ぎの男の人の枕元に赤ちゃんのお人形って気持ち悪いけど、お兄ちゃんにしてみたら、ずっとそこにあったものだから、他の場所へ移すことなんて出来るわけが無い。

美鈴は、お姉ちゃんが生まれたとき、お母さんがお姉ちゃんと美鈴を向かい合わせの二人乗りベビーカーに乗せて歩くために購入したのだ。

夏になれば夏用の、冬になれば冬用の洋服を縫ってあげたりして、37年もの間、大切に大切にしてきたお人形なのだ。

そんな思い出だらけの部屋の中で過ごすお兄ちゃんにとっては、なかなかお母さんが居なくなったことに慣れるのは難しいことで、逆に母の面影の無い家にちゃむと暮らす風子は、精神的に楽?なのかも知れない。

ただ単に、非情なのかも知れないのだけれども・・・ -----

月命日

img20060405.jpg月命日。

生憎の雨で、バイクしかないから、実家に行こうかどうしようか悩んでいる。

先日、ちゃむと一緒にスキーに行った帰りに温泉に寄った。
私がちゃむより先に出て、彼を待っている時、
数人のご老人が入館して来た。

なんだかわかんないけど、楽しそうにゲラゲラと笑いながら通り過ぎた。

通路の脇には、とてもセンスが良いとは言えない年寄り向けの洋服が並べてあって、その中のおばあさん2人が、
『これいいねぇ〜〜。』なんて、3、4着あてがっていた。

そんな光景を見ながら、
お母さんにも、あんな小さなおばあちゃんになって欲しかったと思った。
80歳とか90歳とかまで生きてもらって、背中なんか丸くなっちゃって、背も随分と縮んでしまって、顔とか皺だらけになっちゃって、
『これでも昔は綺麗だったのよ・・・』なんて言って欲しかった。
(実際には、この台詞は吐いていたけど、もっと歳をとってから孫とかに向かって言って欲しかった。)

表現はおかしいけど、そんなご老人達を眺めていたら、なんだか懐かしい気持ちになった。
懐かしいという言葉は、本来 過去に起きたことを振り返る時に使う言葉だが、
でもその言葉が、あの時の私の気持ちに一番近いと思う。

歳をとって、腰が曲がって小さくなった母と、
ああでもない・・こうでもないと言いながら、洋服選びをしている光景を想像して、なんだかとても懐かしい気持ちになったのだ。 -----

誕生日

昨日は、亡き母の誕生日とそろそろお彼岸ということもあり
実家に出向いたが、お兄ちゃん以外は仕事で外出。
お兄ちゃんとおしゃべりをして帰ってきた。

生きてたら喜寿のお祝いの歳。
それを考えると、やはりちょっと生涯を閉じるにはまだまだ早すぎた気がする。

昨夜は、お母さんの夢を見た。

60を過ぎた頃から、色んな病気にかかり始めたお母さん。
その後、私は実家を出て一人で生活し、親との距離が出来たせいで、
それまでよりも母との仲は良くなっていった。

でも、振り返ると風子が27〜28歳くらいまでは、決して仲の良い親子ではなかった気がする。
一緒にお酒を飲みに行ったり、テレビを見て笑い合ったりはしたけど、
喧嘩も良くしたし、よく叱られて、それに反抗し、家に帰らない日もあった。

夕べは、そんなよく怒られていた頃の母の夢を見た。

結婚してから、2人揃ってなかなか実家に来ないとごねられたり、
突然、高校生の頃の場面に戻り、部屋が汚いとか、洗濯の手伝いをしないとか・・・

目覚めたら、そうそう・・昔は結構ヒステリックな人だったんだよな・・・っと思って、
ちょっぴり涙が出た。

小学生の頃、お兄ちゃんが日光へ修学旅行に行ったお土産に木刀を買ってきたんだ。
その1年後くらいに、なんだったかお兄ちゃんがものすごい悪さをして、
お母さんが激怒りして、そのお土産の木刀振り回してお兄ちゃんを追っかけまわしてた。

風子は、それを見ながら
『お兄ちゃん馬鹿だな・・・木刀なんて買ってきたものだから・・・』って思ってた。

まぁ、我が家にはその前から、飾り物の刀があって(本物だけど)お父さんが怒ると
刀を振り回していたから(刃は出さないよ)、似たようなものだけど・・・

結構、ヘビーな親だったよな。忘れてたけど・・・

それも良き思い出かな・・・(*≧m≦*)プププ -----

恋のチカラ

今、再放送してますね。
これって、毎年この時期に再放送してるのかしら?

去年、このドラマの再放送を『深津絵里、かわいいねぇ。』なんて言いながら、お母さんと見ていました。

お母さんと風子は、好きなドラマとか、ドキュメントとか、スポーツとか、とても良く話しが合ったので、年がら年中テレビの話をしていました。
特にお母さんの身体の具合が悪くなってからは、あまり外に出れなくなっちゃったから・・・

なんだか、懐かしい思いでこのドラマの再放送を見ている今日この頃です。
(ちょっとおセンチになったりもしますが・・・)

今日は、お母さんの夢を見ました。

お姉ちゃん達とスキーに行く約束をして迎えに行くと、ひょっこりお母さんも車に乗り込んいて
『(・ ・)え?お母さんもスキーに行くの?』っと尋ねると
『( ^ ^ )( - - )( ^ ^ )( - - )うんうん』とニコニコ顔で答えるので、
『足、痛くないの?』と尋ねると
『マッサージ、いっぱいしてもらってきたの。^^』と答えるのです。

お母さんは、スキーなんてしたことなくて(実際にも)風子がブーツとか履かせてあげるんだけど、なんだかお母さん、すっごくうれしそうで、夢から覚めた時とても幸せな気持ちになりました。

お母さんの夢は結構頻繁に見るんだけど、こんなうれしい気持ちで目覚めたのは初めてで、
お父さんに話したら、

『死んだ人間が夢の中で声を出すわけないだろう。』と怪訝な顔をされました。
『だって、しゃべったもん。』と言ったら、
『そんな縁起の悪い話、人に話すもんじゃない。』と更に怒られました。
『だってもうしゃべっちゃったも〜〜〜ん。』って言ったら、
『ホントにしゃべったんなら、お迎えに来たのかもな。』なんて、憎たらしいことを言うので、
『別に迎えに来たっていいもんね。』っと返事。

や〜〜〜な感じ怒

でも考えてみたら、おじいちゃんもおばあちゃんも、風子の好きだった人も、死んだ人は夢に出てきても声を出したことなかったな。

お母さん、もしかして成仏してないのかな。って思っちゃった。

お父さんが嫌な事言うから、悲しくなっちゃったよ。
せっかく楽しい夢だったのに・・・
-----

母の最期

夢を見た。
母の夢。

以前にも書いたように、未だ私は母の夢をよく見る。

今日の夢は、母が倒れる瞬間の夢だ。

現実には、母は家に一人で居るときに倒れ、その最期を誰も看取ってあげることはできなかった。

夢の中で私は、現実にそうしていたように母を病院に連れて行き、その待合室にいた。
現実にそうだったように、母は歩くのが不自由で、足を引きずるようにズリズリと歩いていた。

『風子ちゃん、このスリッパ歩きづらい。』母が私に言った。
『そう?じゃ、違う形のスリッパを持ってきてあげるよ。ちょっとそこのソファに座って待ってて。』
私が言った。

母を置いて入り口の方に戻りかけたけど、座るのを手伝った方が良いと思い直し、振り返った瞬間、
母の膝の力がガクンと抜け、母が背中方向に弓なりになった。

ドキッとした瞬間、夢は終わった。

実際に、私が母の姿を見つけたとき、母は仰向けに倒れていた。
目覚めたとき、私は、母はこうして倒れたんだ。と思った。

夢の中で倒れていく母の表情も、鮮明に覚えている。

辛い夢だ。 -----

夢で逢ってるから・・・

1023.jpg

ここ数日、新設病院のPCにケーブルレスのプリンターを買ったんだけど、設定ができなくて苦しんでいる。

私の友達の中では、一番PCに詳しい友達にお願いして、設定してもらったら・・・

無事繋がりました。。

感謝感激♪

食事をとりながら、お母さんの話なんかも出たんだけど、
最近の風子は、多ければ1週間に3度。
少なくても週に1度は夢の中でお母さんに会っているので、
それほど寂しい・・・っという気持ちはない。

でも、バイト先の先生の愚痴とか、笑い話とか、時々すっごくお母さんに話したくて、泣いてしまうことはあるけどね。
そんな時は寂しいかな・・・やっぱり。。

この間は、ちゃむと二人で寝ていたら、私たちの寝顔を覗き込むようにちゃむの横にお母さんが立っていた。

友達は、『それ夢じゃなくて立ってたんじゃない?』って言って、
私も、『そうかもね・・・』なんて答えたけど、それはそれで私的には心温まる。

お母さんが傍にいてくれると思えば、何も怖いことはない。

他人の空似 2

一昨日、知らないおばさんに『うちの亡くなった娘に似ている』と言われ、
ふと、ある過去を思い出した。
以前、私が好きだった人を亡くしたとき、その何年か後に似たようなことがあったことを・・・

当時、私は歯医者さんの仕事と掛け持ちでファミレスでウェイトレスをしていて、
あるテーブルにオーダーを取りに行ったら、その席にいたカップルの男性の方が
亡くなった彼にそっくりで、とてもビックリした。

その時は、ジロジロ見たい気持ちでいっぱいだったけど、
なんだか確かめるのが怖くて、料理を置きに行くのも、お冷のお変わりに行くのも
違う誰かに頼んだ気がする。

ただ、懐かしさがよみがえり、震えが止まらなかった。

そんな日があったのをふと思い出したりした。

-----

知らないところで

今日、歯医者のバイトに行った。
通常は、なるべく診療室へは出入りしないようにしているんだけど、
今日は、カルテを見て調べたいことがあったので、診療室をウロチョロした。

受付にいると、ある患者さんに
『風子さん、久しぶり』と声をかけられた。

未だ、こういうことが度々ある。
受付に座っていた頃の私を覚えてくれていて、こうして声をかけてくれる。

現在、受付をやってくれている人の手前、あまり親しく話をしないようにしている。
なんとなく、今の受付をしてくれている人のプライドを傷つけてしまうような気がするからだ。

でも、その患者さんは、風子に言った。『お母さん、元気?』

母がまだ動けていた頃、母の歯の治療は職場でお願いしていたので、
その時、その患者さんと話をしたらしい。
しかも、お兄ちゃん(?)の同級生のお母さんらしい。。

一瞬、なんて答えようか迷ったんだけど、素直に
『3月に亡くなったんですよ。』と答えた。

ビックリしたことに、その患者さんは泣き出してしまった。
どうしたらよいのか、わからなくなった。

『そうだったの・・・ごめんなさい。。ごめんなさいね。。前に会った時、帯状疱疹やったのよ・・ってお母さん話してたから、その後どうしてるかと思ったの。ごめんなさいね・・・』

そう言いながら、そそくさと外へ向っていった。。

迷った挙句、すぐ後ろを追いかけた。
『○○さん、わたしこそごめんなさい。なんてお答えしようか迷ったんですけど、嘘つくのもどうかな・・・っと思って・・』
すると、
『ううん・・ううん・・・こっちこそごめんね。あなたの方が辛いのに。
わたしもダメね・・年とっちゃったのね・・・
この間も、友人を亡くしてね・・・だから・・・
私もそろそろね。。そぅ・・・お母さん、あんなに明るくらしたのに・・・』



時々、母のことを聞かれてふと迷うことがある。
母が地元を離れてしまったせいで、直接会う機会のない知り合いに
母のことを『元気?』聞かれた時、
多分、『お蔭様で』と答えれば、『よろしく伝えてね。』と言われ、多分そこで会話は終了するであろう。
特に、母と歳の近い人は、同年代の人が亡くなるとかなりショックを受ける。
だから、嘘をつこうかとも思う。

でも、母の知らないところで、ふと母を思い出してくれる人が居る。
その人に対して、嘘をつくのはどうなんだろう・・・とも思う。

反面、知らなければ、楽しい母のことを楽しい気持ちのまま思い出してくれるのかも知れない。っとも思う。

すごく迷うところだ・・・

あなたなら、知らされない方がいいですか? -----

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