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母の命日&小指

080309_190459.jpg3月5日は、母の命日。
早いもので、母が亡くなってから3年の歳月が流れた。

今でもお母さんの夢を時々見る。
そして、目覚めると涙が出る。

やっぱり、なんだか・・・寂しいな。って思う。

私の小指は変な形。
奇形というほどではないけど、
昔から人に見せるのはちょっと恥ずかしかった。。
でも、この小指・・・お母さん譲りなの。

亡くなる前に病院の待合室で、お母さんの手に触れながら、こんなヘンテコな小指の話で盛り上がった。
お母さんのリウマチで曲がってしまった手をなでながら。
あの時も、楽しい話をしていたのになんだか涙が出てきてしまって、それを悟られないように、花粉症のせいにしたりして話をしてたんだっけ。。

今は、自分のヘンテコな小指を見るたび、ここにお母さんがいるみたいでちょっと嬉しく懐かしい。

このブログをはじめた時は、お母さんの体が一番苦しかったときで、
時々読み返すと苦しくなったりする。

でも、きっとこのブログをやめることは出来ないな・・・もう。

あまりにも色んなことを書きすぎてしまっていて・・・

ここに全てが詰まってしまっている気がする。
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ひとりぽっちの夜ということで・・・

ちょいと思い出を語ってみたくなった。

私が昔住んでいた家(実家・・・現在は引越ししています。)は、なんだかでかい家だった。
兄弟3人が年頃になれば、家にいるのはお母さんただ一人。
寂しかっただろうな〜〜〜って今思う。


私は毎日バイトに明け暮れていて、夜中に帰ると、お母さんが電気を消した居間に一人でテレビを見ながら転寝していた姿を思い出す。

日曜日なんかお母さんが
『洗濯くらいたまには手伝いなさい。』って言うんだけど、生返事してごまかしていた。
バイト先で使うユニフォームなんかは自分で洗うけど、あとは知らん顔。

その頃、うちの洗濯機はベランダに置いてあって、既に結構な歳になっていたお母さんは、冬なんて辛かったろうな・・・って今思う。

最近、私の洗濯は夜の仕事で、イークンが寝てから夜のうちにベランダに干してしまう。
寒さで、洗濯物から湯気が上がる時がある。
そんな、寒さの中、あの頃のずるかった自分をすごく後悔する。

学生の頃、夕方、買い物で帰りが遅くなったお母さんに
『なんで洗濯物しまっておいてくれないの?』って叱られたこともある。
見て見ぬ振りをしたのだ。

最悪な娘だった。

ちゃむと2人の頃は、毎日洗濯しなくても良かったのに、イークンが生まれた今は
なんでこんなに洗うものがあるんだ?って不思議になるくらい毎日毎日洗濯とご飯作りに時間をとられる。
実は、家事が嫌いな風子には、結構苦痛な日々だったりする。

たまにお母さんに炒めご飯やお好み焼きやスパゲッティを作ってあげると、
『美味しい。。』って嬉しそうに食べてくれた気持ちが今はわかる。

たまには、人にご飯を作ってもらいたいな〜〜って今は思う。

先日ちゃむに、洗濯にまつわるお母さんの思い出を話したら、その翌日
『洗濯物、取りこんでいいの?』っと聞かれた。

もしかして・・・ちゃむ・・・
あなたも今まで・・・・

そんなことは口には出しませんでした。 -----

我が子をあやしながら母を想う

070920_163404.jpg昨日辺りから、イークンはでっかい声で奇声を発するようになった。
きゃっほ〜〜い。ってな感じでかなりのハイテンションの時間が
10分間くらい続く。
母は、ちょいとこやつ、頭がおかしくなったんじゃないかって心配になるくらいだ。

最近、イークンを寝かしつけたりあやしたりしながら母を想う。

お母さんも、こんな風に私が小さい頃あやしたり、添い寝したり、
1日に何十回もほっぺにチュードキドキ小したりしてたのかな。

今、私がそうであるように、笑いかけられ優しい気持ちになったりしてたのかな。
大量のうんち見てうれしくなったり、よだれだらけのこぶしでパンチされながら幸せを噛み締めていたのだろうか・・・

風子は、眠ってばかりで手のかからない子だったって、聞いたことがあったけど、目を覚ましている時の風子はどんな感じだったのかな。

風子は時々、イークンに添い寝をしながら、自分とお母さんを重ね合わせて、
お母さんも、風子みたいな気持ちで私を思っていてくれたのかな・・・って思うと、ちょいとセンチメンタルな気持ちになったりしています。

子供を生んで数ヶ月。
でも、その数ヶ月で自分変わったな・・・って思うこと度々。

私は自分大好きっ子で、今まで自分が楽しいことが一番。って思っていたけど、
自分の時間を人(イークン)に捧げるのも悪くない。
自分を必要としてくれてる(かどうかはわかんないけど)人がいるのって幸せ。
守るものがあるって最高。

母親になったことで、今まで以上に我が母との繋がりを強く感じるようになった。

でもね、今月はついうっかり月命日忘れちゃったの。実は・・・
日にちの感覚が麻痺してね・・・

ごめんよ。母ちゃん。
でも、風子がんばるよ。
お母さん、見ててね。
お母さんみたく、面白くって身軽で我が侭なおっかさんになるからよ♪

お母さん、成仏してないの?

2〜3日前、お母さんの夢を見た。
今回デコが私のお腹に来てから、お義母さんが何枚もデコの洋服を買ってくれた。
夢の中で、それをお母さんに見せてた。

『これ、お義母さんが買ってくれたんだ。これはね、私が買ったの。
そいで、これはね、ちゃむが選んだ。』って・・・

お母さんは、別に何にも言わなくて、微笑みながらそんな私を
見ていた気がするんだけど・・・

その夜の細木数子の番組で、
頻繁に死んだ人の夢を見るのは、その人が成仏してないからだ。って言ってた。

成仏できない霊は、一番弱い人間を頼ってやってくるんだって。
本当は、墓を守るべき男(長男とか)が、きちんとお墓参りや供養を
しないといけないんだって。

お母さん、成仏できてないのかな・・・ってちゃむと話をした。
成仏できてなかったら、可哀想。

あんなに、じいちゃんやばあちゃんの傍に行きたがってたのに・・・って思う。

でも・・・

どうせ彷徨ってるなら、デコの顔、しっかり見てから成仏して行きなよ。。
そんな風に言ってしまう私は、やっぱり親不孝者かな・・・

でも、お産の時、お母さんが近くに居てくれたら心強いぢょ。。
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三回忌

070304_123906.jpg早いもので、お母さんが居なくなってから3年目の春を迎えようとしている。

昨日は日曜日だったので、ちゃむとお花と果物を買ってお線香をあげにお姉ちゃん家にでかけた。

今日は、お姉ちゃんがお休み取れたので、兄弟でご飯を食べた。

最近、お姉ちゃんと私のスケジュールが合わないから、会う事がすっかり少なくなってきちゃったけど、でも、本来兄弟なんてこんなものなのかもね・・・って思ったりもする。


これで、デコが生まれてきたら尚更、ちゃむ家との結びつきの方が強くなっちゃうのかも知れないし・・・

そう考えるとちょっと寂しい気がするね。

お母さんの夢は相変わらず定期的に見ている。
この間は、お母さんがちゃむにハンバーグを焼いてあげた夢。
『お母さんのハンバーグ、美味しいんだよぉ。。。』って言ってちゃむに食べさせようとしたら、中がおもむろに生で、
『な〜〜に?これ??』ってお母さんに風子が文句言ってる夢。

070304_124049.jpg 最近は、こんな風に、日常にありがちな夢が多い。
 その前は、風子が高校生で、お弁当の量が多すぎると
 お母さんに文句言ってる夢だった。
 なんだか、笑っちゃう。。

 丸2年が過ぎた今でも、お母さんのことを考えない日はない。
 でも、その思い出し方がだんだん以前と変わってきていて、
 まるで、故郷にいるお母さんとの幼い頃の自分を思い出すみたいな
 そんな感覚になってきたのが不思議。

とても、亡くなった人を偲び思い出すという感覚ではない。
とても不思議な感じ。

一昨日はひな祭りだったので、昨日ちゃむとお母さん用にひな祭りのプチケーキを買っていった。

もしかしたら、お母さんはショートケーキかモンブランが良いのに・・・
って文句言ってるかもね。。(*≧m≦*)プププ

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月命日

img20070207.jpg昨日の午前中の7ヶ月検診と午後からの母親学級の合間に、1日遅れだけどお母さんの仏前にお花を供えに行った。
デコが元気に育っていることを報告。
でも、なんだかやっぱり自分の母親がいないことに寂しさを覚えた。
私自信が寂しいのは勿論のこと、お母さんにやっぱり抱かせてあげたかったな・・・

何より今年は3回忌。
でも、お墓もまだ無いし、じじいも何も言わないし、何もしないのかな。。。
お母さんなんだか可哀相・・・

うちの近くに宗教問わずの墓地があって、そこにお母さんのお墓を作ってあげたいんだけど、なかなかお兄ちゃんたちの貯金が貯まらない。
風子はいつでも準備OKなんだけどな・・・

じじいはあくまで曹洞宗のお寺にお墓を建てることにこだわっているので、じじいがお亡くなりになるまでは、お墓作れないかも。。。
子供達が建てるんだから自由にさせろって思うんだけどね・・・


母親学級の帰りにスーパーで買い物していたら、お向かいに住むおばさんを発見♪

車で送りましょうか?って尋ねたら『お願いするわ。』と言われたので一緒に帰ってきた。

お母さんのことを訊かれたので、2年前に他界したことを伝えると、
『残念ねぇ〜〜。引っ越してきてすぐだったのね。知らなかったわ。ごめんなさいねぇ。。』っと言われた。

それでも、ちょっとおせっかいな、優しい近所のおばさん達に囲まれて、風子はなんとか元気に赤ちゃんを産めそうです。

多分、この土地に引っ越して来なかったら、なくなる間際、30年以上生きてきて、一番いい関係の時に死んでいったお母さんの思い出から抜け出せずに、多分私はもっと苦しんでいたと思う。

隣に住むおばあちゃんの心無い一言に傷つき、怒りを覚えた時もあったけど、あの時は、悲しむよりむしろ、おばあちゃんに対して怒っていたことで、悲しみから逃げることが出来たのかも・・・っと今は思うのです。

スーパーから帰ってくると、隣のばあちゃんが丁度外に出ていて、
『いいわね〜〜。。ふうこちゃん、たまにはあたしもドライブに連れて行ってよ。。』っと、実際耳にしないとわからない、とっても嫌味なニュアンスで言われた。

『いや・・・たまたまスーパーでお会いしたから、帰りだけご一緒しただけですよ。』っと返事したら
『そうなのぉ〜〜?』って。

いつも近所のおじいちゃんをアッシーにしてお出かけしているおばあちゃんのアッシーにされるのは御免だ。。

初めが肝心・・・何かの時は、ちゃんと断らなくっちゃ。。。 -----

母は常に傍にいる?

そんな風に思うことが多々ある。
最近、また母の夢を頻繁に見るようになった。

今年元旦に見た夢は母の夢。
『福島の桧原湖に釣りに誘われたんだけど、ふうこも一緒に行ってくれない?』
『え〜〜。。桧原湖、全然釣れないんだもん。。・・・わかったいいよ。』
そんな会話をした。

友人に誘われたと母は行っていたのに、車には母と2人。
高速道路を運転しているのは、勿論私。

『・・・・』(友達はどうしたんじゃい・・・)そう思いながら運転をしている私。
そんなたわいも無い夢だった。

お母さんに逢えたのはうれしいけど、どうなの?この初夢・・・っと思った。

次に母に逢ったのは、母乳マッサージで乳がはじめて出た夜。
『お母さん、風子、もうおっぱい出ちゃったよ。』そうお母さんに報告する風子。
ちょっと見せてやろうかと思っておっぱいを出したら、乳首の先からぴゅーっと勢い良く乳が出てきて止まらない。
そりゃ、お母さんもびっくり。風子もびっくり。。
2人で慌てて乳首の先を押さえてミルクを止めてる夢。(*‥*)ハズカチイ・・・

一番最近は一昨日だったかな・・・

風子が高校生で、朝起きるとお母さんがお弁当を作ってくれてない。
『最近お母さん、ちっともお弁当作ってくれない。。。』そう文句をつけると、突然せっせとお弁当を作り出した。
その量の異常なこと。( ゚Д゚)ポカーン

『そんなに沢山のお弁当、恥ずかしくって持っていけないよ。』と更に文句を言い、
小さいお弁当箱に詰めなおす風子。
家を出る前に、鏡で身なりをチェック。
台所に戻ると、お母さんが意地悪な笑みを浮かべて、はじめよりもでっかい弁当箱に弁当を詰めなおしている。

『もぅ・・何してんのぉ?遅刻しちゃうじゃない。。』

そんなことを何度か繰り返すうちに、時間は8:20。

『あ〜〜あ・・・もう学校はじまっちゃったよぉ。遅刻ぢゃん・・・』

そんな文句を言う私に、意地悪そうにほくそ笑むお母さん。
妙にむかつく私・・・

そんな夢。

な〜〜んか、くだらない夢なんだけど、よく出て来るんだよなぁ。。
3回忌が近いからかしら?

寂しいの?それともデコが出来てうれしいのん?

まぁ、楽しい夢なら毎日出てきてくれても構わないけどさ♪ -----

嫌な夢に目覚める

今朝は久しぶりにお母さんの夢を見た。
とても嫌な夢だった。

ちゃむと一緒にリビングに続く8畳の和室でくつろいでいると、
誰かが玄関の鍵を開け、家の中に入ってくる気配がした。

黒字に、白の細かい水玉のワンピースを着たお母さんが、なんだか怒った様子で入ってきた。
その後ろを追いかけるようについてきたお姉ちゃん。

お姉ちゃんが、『お母さんが、寂しいから風子のところに行くってきかなくて。』
と言った。
お母さんは、寂しいと言うより、怒ったようなような顔をしていた。

そして、和室に入ってくると、仰向けに倒れ込み、
どうしたのかと覗き込むと死んでいた。

そこで夢は終わり目が覚めた。

なんだか、とても嫌な夢だった。

風子、何か悪いことしたかな・・・
お母さん、怒っているのかな。 -----

彼女の名前は

img20060822.jpgみすずちゃん。
年齢は38歳。私より年上です。(笑)

お姉ちゃんが生まれたとき、お母さんが買ったもの。
当時、我が家には二人乗りのベビーカーがあった。
そのベビーカーも当時(S43年)には珍しく、長さ1m程ある
白のベビーカーで、向かい合わせに子供を2人乗せて歩くことが
出来るものだった。

ベビーカーは親戚からのプレゼントで、お姉ちゃんが生まれたとき
お母さんは33歳で(当時では高齢出産)、周囲の人も含め、
半ば諦めていたときの妊娠だったので、お母さん自身も周りの人も
とても喜んでくれたらしい。

初めお母さんは、そのベビーカーにお姉ちゃんだけを乗せていたが、どうもベビーカーが広すぎてしっくり来ず、
向かい側にみすずちゃんを乗せて歩くようになったのだと言う。

みすずちゃんとお姉ちゃんをベビーカーに乗せて歩くと、
道行く人は赤ちゃんが2人乗っているのかと思いベビーカーを覗き込み、一方がお人形だと知ると
『あぁ、こっちはお人形さんなのね』と驚いたらしい。

当時、みすずちゃんの様に寝かせると目を閉じるお人形も珍しかったのかも知れない。

その後も、みすずちゃんは我が家の家族であり、母と姉と私は、とっても可愛がってきた。

お母さんは、子供に洋服を作るときには、みすずちゃんにも洋服を作ったりしていたし、私たちの洋服を買うときは、『これみすずちゃんに似合うかも。』って赤ちゃん用の服を買ったりもしていた。

それを引き継いで、お母さんが歳をとってからは、お姉ちゃんがみすずちゃんの洋服を買ってきた。

その後、お母さんは亡くなる間際までみすずちゃんを可愛がっており、母が亡くなってからは何故かお兄ちゃんの枕元に置かれていた。

今回、実家の引越しに伴い、みすずちゃんの居場所はリビングの棚の上となり、みんなが集うその輪の中にみすずちゃんはいることが出来るようになった。

風子は、実家に遊びに行くと一番目に付くところにみすずちゃんが居り、なんだかちょっとうれしい気分になる。

今まで、お母さんの一番の形見って着物かと思っていたけど、みすずちゃんだったんだね。

赤い体のお人形も、抱っこちゃん人形が流行った頃からうちに居るお人形。
このお人形は、お姉ちゃんも風子も特に可愛がって居なかったんだけど、
お母さんは妙に気に入っていたんだよね。。。

ってなことで、みすずちゃんに抱っこさせています。(笑) -----

月命日

img20060707.jpg
月命日なので実家へ。
今日は、お姉ちゃんもお兄ちゃんも家にいて、
風子の旦那は、お仕事で帰ってこないので、久しぶりに
実家でご飯をいただいた♪

兄弟揃ってご飯を食べることが、最近ではなかったので、
すっごく楽しかった。

お母さんの思い出話も結構したけど、やっぱりお姉ちゃんは、
未だにお母さんにして上げられなかった色んなことを
後悔しているようだった。

風子は、お母さんとの楽しい思い出ばかり思い出すけど、
そうではないお姉ちゃんは、なんだか見ていてちょっと可哀想。

早くお姉ちゃんも楽しい思い出を沢山沢山語れるようになればいいのになぁ〜〜って思った。

そういえば、ママさんバレーを始めて思い出したことがある。

中学に入って、バレー部に入部して、早く上達したくてお母さんにバレーボールを買ってもらって、庭で練習していると、時々お母さんがその練習に付き合ってくれた。

お母さんは、学生時代セッターをしていたらしい。

当時、お母さんは既に50歳だったけど、よくパスの練習に付き合ってくれた。

小学生の頃、マラソン大会が近くなると、マラソンコースに毎晩行って一緒に走ってくれたし、車の免許を取るときは、夜中に運転の練習にも付き合ってくれた。

振り返れば、色んなことにつきあってくれたなぁ〜〜って思う。

風子にはまだ子供が居なくて、これから出来たとしても、バランス的にお母さんと風子のような年の差になる。

風子も、お母さんみたいにいつまでも若々しくいれる努力をしなっくちゃなぁ。。って思った。

子供が親が年寄り臭くて肩身の狭い思いしたら嫌だもんね。

風子のお母さんは歳の割りに若々しかったから、風子自信肩身の狭い思いをしたことは無かったけど・・・ -----

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